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『スピラレ スキップト』

一回飛ばしの批評です。 2013年、渋谷にある映画美学校にて開講された「批評家養成ギブス第二期(主宰:佐々木敦)」の修了生有志による、批評同人誌『スピラレ』のWEBサービスw http://spirale.hatenablog.com/ twitter@spira_le

【連作批評】「障害者と旅する」第五回 textたくにゃん

一流野球選手の身体の転回に観る全身まひ者(4)

 

  マイノリティにおける〈間性〉を経た、旗揚げ公演『色は臭へど』

 

 前回は、『生きることのはじまり』に基づいて、金満里には劇団「態変」を旗揚げする前段に、七〇年代障害者運動との関わりとその後の沖縄への旅があったことを通して、彼女が今流行の言葉で言うところの「ダブル・マイノリティ」であることを駆け足で見てきた。だが、この「ダブル・マイノリティ」という言葉は便宜的な言葉であり、実際のところ当事者にとっての比重は千差万別である。また、そもそも「マイノリティ」であるということに過度な重心を置いていない人もいる(前回も紹介したインド映画『マルガリータで乾杯を!』の主人公 ライラは、脳性まひ者であろうがキャンパスライフを謳歌するし、バイセクシャルとして恋愛に熱中する。そこで描かれているのは、「ダブル・マイノリティ」であることの葛藤よりも、いかに自分らしく生きるかという普遍的なテーマであった)。金の場合、彼女の「意識にのぼったの」は、「〈間性〉」だった。在日朝鮮人というマイノリティに潜む〈間性〉と、全身まひ者というマイノリティに潜む〈間性〉のことだ。二つのマイノリティの間、という意味ではない。そこで、彼女は沖縄という〈間性〉を持つ場所に惹かれたのだった。「アメリカと日本の間で翻弄されてきた沖縄」に。

 それでは、金が沖縄で得たものは何だったのか。彼女はこう言っている。

  私にとってこの時の沖縄は、夢によって癒され、自然と宇宙の繋がりまで感じさせてくれたものとなった。そしてこれは、私が今、「態変」の芝居の中で表現しようとしている、破壊・浄化・再生という宇宙観との初めての出会いであった。

抽象的な説明だが、まず彼女は沖縄の自然と触れ合うことで、哲学用語でいうところの「環世界」的な視点に行き着いたのであろう。そして、「態変」の芝居に通底しているというその「宇宙観」が、金の作品の蘊奥となる。しかしながら、彼女の沖縄での体験や「宇宙観」について掘り下げることはここでは割愛させて頂き、「態変」の一九八七年公演『水は天からちりぬるを』へ筆を進めていかなければならない。

 しかしながら、どうしても、八三年の旗揚げ公演『色は臭へど』についても紙幅を割かねばならない。そもそも、金は何故「演劇」の道へ進んだのか。旗揚げ公演を振り返り、金は次のように述べている。

 しゃべれる障害、という自分自身の中途半端さ。それを乗り越え、自分をトータルに表現するためには、身体全体をのびのび使いたい。そもそも「障害」そのものを認めさせるということが、障害者解放の原点であり、同時に帰結点でもあったはずだ。ところが、それが運動となったときにはどうしても“論”という言語に頼ってしまうという自己矛盾。そこから解放されたいという欲求が、私のなかで最大限に高まっていた。

彼女の中で「最大限に高まっていた」「解放されたいという欲求」は、『色は臭へど』の台本を彼女に一晩、五、六録時間で一気に書き上げさせた。そして、八三年六月に京都・大阪連続旗揚げ公演が幕を開ける。『色は臭へど』の第一幕では、金が一人「自分の身体の特徴を活かし、ヌメヌメ、ごろんごろんと寝っ転がったり這ったりしながら出てくる」。ここで、本稿で注目している『水は天からちりぬるを』においての疑問となっていた、役者が「レオタード」で出てくることの意義が明らかになる。

 私は、この芝居をする初めから、レオタードが役者の基本スタイルだ、と皆に言ってあった。身体障害者の身体性を最大の表現にするためには、身体の線が際立ち、皮膚感覚で、それでいて怪我から身を守れる、レオタードしかないと決めていた。そこで、しりごみする皆に有無を言わさず、私が第一幕に躍り出ることにしたのである。

劇作家としてのみならず、役者としても金は劇団「態変」を先導した。しかし、それはマルチな才能があったというよりも、「身体全体をのびのび使いたい」という感覚・欲求にしたがっただけのことだろう。演劇に力を注いでいく金の表現性にもまた、〈間〉性の力が感じられる。